リリウオカラニ州立公園

リリウオカラニ公園

リリウオカラニ女王様はハワイ王国最後の女王様です。ハワイの人々を深く愛し、勇気と決断で自ら王権を放棄され、アメリカ合州国に1898年に合併されました。1917年にこの公園が日本人移民の記念公園としても開かれ、週末には地元の人々がピクニックをする公園です。夕方になると近くの官庁の公務員や大学生、会社員がこの公園の周りを歩いている風景をみます。 さて1946年の津波によりこの公園一体にあった町、ワイアケアは小中高の学校と民家が飲み込まれ、沢山の生徒が犠牲になりました。そのときにワイアケアにあった町の時計はいまでもそのときの時刻をきざんでいます。

さてこの公園は古代は魚の養殖をしていた池で、歴史的にはヒロの大族に管理されていました。今ではその面影はございませんが、池はもともと大変深く、アマアマ、ウルアなどの養殖とオパマが沢山いた池でした。さてそのころの様子はないですが、いまでも地元の方が魚釣りの餌になる小さなエビを取ってました。
京都の裏千家から寄付をしていただいた茶室もあります。ヒロの皆様の日本を慕う思いは、今でも深く、ハワイ大学では日本文化研究学科があるのもその一例です。新しく日系日本文化会館も開きました。沢山の灯籠は、日系移民100年祭に日本各都道府県からおくられたものです。